翻訳ツールの性能が上がり、言語の壁は解消されたように見えます。しかし実務では、翻訳では解決しないコストが依然として大きく残っています。
3種類のコスト
| コスト | 内容 | 影響 |
|---|---|---|
| 時間 | メール1通の作成に時間がかかる。読むのにも時間がかかる | 往復の回数が減り、確認が甘くなる |
| 精度 | ニュアンスが落ちる。専門用語が誤訳される | 誤解が生じ、後から手戻りになる |
| 関係性 | 踏み込んだ交渉ができない。信頼が築きにくい | 条件交渉で不利になる |
3つ目が最も見えにくく、最も影響が大きい。言語に自信がないと、聞きたいことを聞けず、言うべきことを言えません。
往復が減ることの弊害
英語のメールを1通書くのに時間がかかると、確認の回数を無意識に減らします。
- 3つ聞きたいことがあっても、1つにまとめてしまう
- 曖昧な返事が来ても、追加で確認せずに解釈で埋める
- 確認すべき細部を「たぶんこうだろう」で流す
- 相手の返事の含意を読み違えたまま進む
これが後の手戻りになります。言語コストは、コミュニケーションの量を減らすことで、間接的に品質を落とします。
専門用語が最も危険
一般的な会話は翻訳ツールで十分ですが、規制と契約の用語は誤訳が致命的になります。
- 規制用語:登録・届出・許可・認証。制度上の意味が異なるが、翻訳では区別されないことがある
- 契約用語:独占権の範囲、解除条件、責任の所在
- 成分名:一般名、INCI名、現地の表示名称
- 数量・期間の表現:解釈の幅がある表現
現地語の情報が読めないこと
もうひとつの見えないコストが、現地語の情報にアクセスできないことです。
- 現地ECのレビューが読めない(顧客の生の声が届かない)
- 現地のSNSでの評判が分からない
- 競合の現地サイトの内容が分からない
- 現地の規制当局の告知が読めない
結果として、現地パートナーの報告だけが情報源になります。これは判断の質を大きく下げ、パートナーへの依存度を高めます。
対処の優先順位
すべてを解決するのは非現実的です。優先順位をつけるなら次の通りです。
- 契約と規制は専門家に:ここだけは費用をかける。省くと取り返しがつかない
- 日常のやりとりはツールで:往復の回数を減らさないことを優先する
- 現地語の情報収集は仕組み化する:レビューや規制情報を継続的に取り込む
- 重要な交渉は通訳を入れる:条件交渉の場面では、精度が金額に直結する
2番目が重要です。完璧な英語より、往復の多さのほうが結果に効きます。多少不正確でも、多く確認するほうが実務は進みます。